お寺では「虹の橋」のことを、どう考えていますか?

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    天台宗のお寺である、ここ慈妙院で、お参りの方から「虹の橋ってあるんでしょうか?」という質問を受けました。

     

    「虹の橋」については、説明するまでもないでしょう。

    皆さまが「虹の橋」があればいいのに、「虹の橋」でまたペットと会えればいいのに、とお思いになるお気持ちは、重々よく理解できますが、100%お寺の考えと同じではないですよと、お答えしようと思った時に、ちょっと気が付きました。

     

    例えば天台宗で亡くなった後に行く所とされているのは、「極楽浄土」です。

    きれいな池があって、宝石で飾られた欄干があって、みたいな描写がお経にはありますが、名前が違うだけで、そこが「虹の橋」である可能性もあるのではないでしょうか?

     

    ただ、「極楽」という所が「天国」や「虹の橋」と違うのは、私たちこの世に残された者がしっかりとお参りすることによって、それが功徳となって、亡くなった方やペットさんの成仏に繋がるというところです。

    (難しい言葉では、「己心の弥陀、唯心の浄土」と言います)

     

    もし、この考えにさえ同感いただけるのならば、その行く先が「極楽」であっても、「虹の橋」であっても、呼び名が違うだけだということになりますから、決して相反する考えではないと言えるかも知れません。

    そう思って、お寺にもお参りいただくのは如何ですか? と申し上げたら、ご質問された施主さんは、とても喜んでくださいました。

     

      本日の担当 僧侶 唯心

     

    慈妙院動物霊園

    jimyouin * ペット供養 * 11:16 * - * - * - -

    猫に施無畏印

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      前にこんな話を書かせて頂きました。

      職員の方、スタッフの方たちもみな一緒に、お寺では朝の勤行を行っているのですが、朝いちばんでお葬式に来られた女性の方に、先ほどお堂からお経の声が聞こえてきた時に、お堂の前に猫ちゃんたちも集まってきてましたけど、猫ちゃんもお勤めに参加するんですか? と質問されました。

      ええ、そうなんです。いつものことなんです。門前の小僧、習わぬ経を読む、ということわざもある通りですが、実を言うと、彼らの方が私より、よっぽど修行が出来ていて、いつも教えられることばかりなんです。

       

      …という風にはとっさにお答えできなかった、というお話なんですが、さて、慈妙院の属する天台宗では、法華経の常不軽菩薩(じょうふぎょうぼさつ)の教え、というものを重要視します。

      どんな相手であれ、どんな生き物であれ、すべての生命には仏性が宿っているとして合掌礼拝されたという修行者の話です。

      私も境内で猫たちとすれ違う時は、そっと心で合掌、もしくは施無畏印と言って、相手から恐れを取り除く印でこっそり挨拶しています。

       

      猫の世界も気楽そうに見えて、我々同様にいろんな喜び悲しみがあるのでしょうね。猫の気持ちに詳しいうちのスタッフの方が、どんなことでも試練だと思って、自分のステップアップにに繋げるべきだと思いますと言っておられました。私の修行時代の先輩のお坊さんは「よき縁となり、よき縁となす」ということを、いつも仰っておられます。

       

      生きとし生けるもの全てが仏性を持ち、共に仏法を学ぶ法友・善友であり、そしてすべての物事や出来事が仏縁なんだと思います。

       

       

      慈妙院動物霊園

      jimyouin * - * 14:37 * - * - * - -

      亡くなったペットは帰って来ますか?

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        四十九日までは仮の仏さまです。

        悲しいけれど一所懸命お参りしてあげる、皆さまのその思いが功徳となって四十九日分積もって、四十九日目に無事、亡くなったペットさんは極楽往生、正式に仏さまとなって極楽(天国)にたどり着く、というお話をお参りの人たちにさせて頂いたら、一人の方が質問されました。

         

        ということはつまり、もううちの子は帰って来てくれないんですね?と仰るので、あれ?帰って来たら成仏してないわけですから、お気持ちは分からなくはないけれど、「帰って来てくれないんですか?」と残念そうに仰るのは、ちょっと微妙な質問では? と思った時に気がつきました。

        そうだ、お盆になったらペットさんが帰って来ます。

         

        お盆になると亡くなったご先祖さまやペットさんが帰って来ます。

        年に一度ではありますが、それを懐かしく、嬉しく祀ってさしあげるのが、お盆という行事の意味です。

         

        帰って来ないから成仏です。それはそれで有難いけれど、皆さんが亡くなったペットさんに会いたい気持ちも分かります。だからお盆があるのです。

        お盆にしか帰って来てくれないんじゃありません。

        仏さまになったペットさんはきっと極楽浄土でお忙しいにも関わらず、慈悲にあふれるのが仏さまですから、お盆になったら帰って来てくれるんです。嬉しいことではないですか?

         

        そういう風にその方にお伝えすることで、こちらも大事なことを教えて頂いた気がします。

         

                                               担当 僧侶 唯心

         

        jimyouin * ペット供養 * 14:03 * - * - * - -

        ペット供養と初詣の話を再び

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          2018年1月9日 僧侶 唯心

           

          大鐡和尚が年末に慈妙院動物霊園でお葬式をされた方たちから「ペットが亡くなりましたけど初詣に行っていいですか?」という質問を、何度か受けたそうです。

           

          このブログでも回答して下さっていますが、和尚のお答えを簡単にまとめさせて頂くと…

          「昔から死=穢れという信仰があったから喪中に初詣に行かないという習慣が発生したと言われておりますが、穢れとは「気が枯れる」即ち近親者が亡くなり落ち込んだ状態を表しているので、そんな時に神社に参拝しても参拝に集中できないことから、無理しないでもいいですよという優しい慈悲の気持ちから来たのだと思われます。

          そもそも神社の参拝は今まで無事に過ごせましたという感謝の気持ちと恒久の平和を願って行うものなのですから、自分の気持ちが調っていないと願掛けも心から行えないで、気持ちが落ち着いてから初詣を行えばいいのではないでしょうか」

          …といったところです。

          多分どの宗派の僧侶にお聞きしても、仏教の立場からは似たような解答が導き出されるでしょうから、大鐡和尚は禅宗のお坊さんですが、簡潔に明快に答えてくださったなあと思います。

           

          さて、これとはちょっと違った質問を私も慈妙院で受けたことがあります。

          ペットさんの喪が明けて、もう初詣に行っても良いとなった時に、神様に対して亡くなったペットの冥福をお祈りしてもいいものでしょうかというご質問です。

          慈妙院は天台宗という宗派のお寺ですが、こちらでは「神様」と言う存在は、仏法を守護する生命体だと考えていますので、お坊さんが神社や神様をお参りするための作法があります。
          けれど、みなさんが初詣に行かれる時は普通の作法で結構ですから、いつも通り、初詣の時にお願いしていることがあるなら、それをお願いして、その上でペットさんの冥福も併せて祈りましょう。

          良いことを、良い言葉でお願いするならば、どんな言葉で祈ってもいいと思います。こちらのお寺でペットさんを供養をされている方ならば、それを踏まえて、初詣の時に神様にペットさんの冥福を祈ることも、仏教的に決して間違いではありません。
          「どんな言葉がふさわしいか自分で考える」ことも供養です。

          jimyouin * ペット供養 * 11:00 * - * - * - -

          初詣行くべきか?!

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             2017年12月3日 僧侶 大鐵

             

             「ペットが亡くなりましたけど初詣に行っていいですか?」

            こんな質問を最近よくされます。近親者が亡くなった時、よく神社にお参りするのは宜しくないとか言われているからと思います。年賀状も出さないで寒中見舞いにするのが礼儀のように書かれている書籍も存在します。それは昔から死=穢れという信仰があったからと言われております。穢れとは汚れや汚いというイメージを抱いてしまいますが、この言葉は「気が枯れる。」が派生した言葉でございます。近親者が亡くなり落ち込んだ状態を表していると思います。そんなときに神社に参拝しても参拝に集中できないことから、無理しないでもいいですよという優しい慈悲の気持ちから来たのかも知れません。

             そもそも神社の参拝は今まで無事に過ごせましたという感謝の気持ちと恒久の平和を願って行うものなのです。ですから、自分の気持ちが整っていないと願掛けも心から行えないと思いますので、自分の気持ちが落ち着いてからで本当にいいのでそのときに行ってください。

             因みにお寺はそのようなことはありません。むしろ、自分の気持ちを整えるために参拝してください。本来お寺は気軽に訪れるものだったのですが、近年その状況は変わりつつあります。これは僧侶の責任です。本当に心を整えなくてはならないのは僧侶かも知れません。

            jimyouin * - * 17:02 * - * - * - -

            ペットの神様

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              先日、お葬式に来られた方たちが、葬儀も出棺も終わってお別れ室を出る時に、係りの人に声をお掛けになったそうです。

              後から係りの人が私に、あの方たち、何か仰ってませんでしたか?と尋ねたので、そのことを知りました。

               

              いいえ、何も仰ってませんでした、どうしましたかと私が聞くと、係りの人が言うには、「うちのペットは、どの神さまのところに送ってもらえたんでしょうか?」とお尋ねになったそうです。

              係りの人は慌てて、そんなことを聞かれても自分はお坊さんじゃないし、何と答えたものか困ったそうですが、とりあえず「神さまじゃなくて仏さまですよ」と答えてくれたそうです。

               

              それを聞いて私は思わず係りの人に言いました。

              有難うございます。100パーセント完璧な答えです。

              応対としても、或いは仏教的にも、それだけで一点の不足もなく、十分です。

              その瞬間に質問された方の心の曇りも悩みも、一瞬にして晴れたことであろうと私は思います。

               

                            本日の担当 僧侶 唯心

               

              慈妙院動物霊園

              jimyouin * お寺の日常 * 14:58 * - * - * - -

              犬の夢枕

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                慈妙院にペットさんの供養でお参りされてる方の中にも、亡くなったペットが夢に出てくると来ないとか、出てきてほしいのに、といった類のお話を、参拝者同士でされている方たちがおられます。

                 

                それは皆様それぞれの思いですから、それを小耳に挟んでも、とやかくは申し上げないのですが…

                 

                先日のことです。

                ある女性の方が質問されました。

                 

                「お家で寝ている時に、いつも亡くなった犬が肩を叩くんだと、知り合いの男性が仰います。どうしたものでしょうか?」

                 

                他の宗旨のある種の宗教家の方ならば、ペットさんが肩を叩く意味や、それならどうしなければいけないかを教えてくれるかもしれません。

                普通の人なら、単純にペットが会いに来たんだよとか、反対にそんなの気のせいだとか、言うかも知れません。

                 

                お寺の場合は違います。

                対機説法、応病与薬と言って、お医者さんが症状に応じて薬を出すように、同じ質問であっても、状況によって答が違います。

                犬に肩を叩かれるその方が、どんな思いでいるのか、嬉しいのか、怖いのか、戸惑っているのか、まずそこが大事です。

                 

                今度その男性ご自身が、その犬の法要のために来られるそうなので、もしも私が出仕している日にお越しになるならば、ぜひお話を伺いたいものだと考えています。

                 

                慈妙院動物霊園

                僧侶 唯心

                2017年10月25日

                jimyouin * ペット供養 * 11:21 * - * - * - -

                猫の勤行

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                  職員の方、スタッフの方たちもみな一緒に、お寺では朝の勤行を行っています。

                  さて、朝いちばんでお葬式に来られた女性の方に、先ほどお堂からお経の声が聞こえてきた時に、お堂の前に猫ちゃんたちも集まってきてましたけど、猫ちゃんもお勤めに参加するんですか? と質問されました。

                  あはは、いえいえ、そこまでは修行ができておりませんので、と答えてしまったんですが、それから後で思い当たりました。

                   

                  こんな答が咄嗟に出たのは、私の心のどこかに、その方が期待しておられたであろう、「そうです、みんなに可愛がられてるこの子たちはお利口さんなので、毎日、勤行に参加しているんですよ」みたいなお答えをしたくないという、ちょっとひねくれた気持ちがあったからに違いません。

                  そういう意味では、修行が足らないのは猫ではなくて、私の方ですね。

                   

                  ではどんな答が、この場合ふさわしかったのでしょうか?

                  例えば…

                   

                  (ごく普通に)ええ、そうなんです。いつものことなんです。

                  △呂ぁ¬臍阿両僧、習わぬ経を読む、ということわざもある通りですね…

                  実を言うと、彼らの方が私より、よっぽど修行が出来ていて、いつも教えられることばかりなんです。

                   

                  今の私の気持ちとしてはまさにH屬任后

                  なぜって、現にこうして、その後、自らを省みて、今、この文章を書いている私に、うちの猫たちが、その仏縁を与えてくれた訳ですから。

                  猫の気持ちに詳しいうちのスタッフの方から、猫たちによろしく伝えておいてもらうことに致しましょう。

                  生きとし生けるもの全てが、共に仏法を学ぶ法友、善友なんですね。

                   

                                               本日の担当 僧侶 唯心

                   

                  慈妙院動物霊園

                  jimyouin * お寺の日常 * 17:20 * - * - * - -

                  慈妙院動物霊園境内の独鈷水

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                    慈妙院動物霊園は天台宗のお寺である医王山慈妙院が運営するペット霊園です。

                    動物霊園は設立以来、30年ほどの歴史ですが、お寺自体は650年ほど昔に慈妙上人というお坊さんがお開きになりました。

                    独鈷(とっこ)という仏具でこの境内を慈妙上人が掘ったところ、きれいな水が出たという伝説の井戸が境内にある独鈷水の井戸です。

                     

                    先日、地域の広報誌にこのことが紹介されて、訪ねて来られる方が増えました。

                    有難いことですが、その記事では「独鈷」の読みを「ドッコ」と表記してあるのが、ちょっと気になります。

                    辞書によれば「どっこ」とも読む、と書いてありますが、通常、お寺では「とっこ」と発音します。

                    また、慈妙上人が土を掘っている挿し絵に長い杖の絵が描いてありますが、独鈷は手で握れるくらいの小さな仏具です。

                    この絵では、錫杖か金剛杖みたいに見えますが…

                     

                    それはともかく、今は独鈷水の井戸の水量が少なくなりましたが、まだ何とかわずかに面影を残しています。

                    また道路沿いの慈妙院の大きな緑色の看板の少し下に、大正時代に村の方たちが建てた「独鈷井水霊地」という石標があります。

                    いつもペットさんの供養にお見えになっている参拝者の皆様の内、何人くらいが気がついておられるでしょうか?

                     

                             本日の担当 僧侶 唯心

                     

                    慈妙院動物霊園

                    0120−52−1059

                    jimyouin * お寺の日常 * 17:14 * - * - * - -

                    ペット合同墓地のお塔婆の話

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                      慈妙院の合同墓地には塔婆を建てて頂けますが、お寺のルールで建立のお申し込みから半年たったらお下げする、ということに決まっています。

                       

                      先日、毎月熱心に本堂での特別供養(一組でのご法要)を営まれている方が、お墓にお塔婆も建てておられるのですが、半年たった時に塔婆取り下げの連絡をしてくれなかったから、塔婆がなくなっていることに気づかなかった、どうして教えてくれなかったの?と仰いました。

                       

                      実を言うと、元々、慈妙院では塔婆の取り下げ前にご連絡するというルールはなかったのですが、どこかでこちらの説明か、あちらのご理解かに食い違いがあったようです。

                       

                      そして、その日もその方たちは月命日の法要を本堂でなさるためにお見えになったのでした。担当の僧侶は私だったので、私が経緯をご説明させていただくことになりました。

                       

                      そうしたらこちらが口を開くか開かぬうちに、その施主の方が、いやあ、こちらも勘違いしててすいません、これからはちゃんと家で申し込んだ日を記録して、覚えておくように気を付けさせて頂きますと仰ってくださいました。

                       

                      ああ、それを仰って頂けるならば、何よりのご供養です、係りの職員さんたちもそれを聞いたら喜びます、きっとペットさんも喜んでおられることでしょう、もちろん仏さまもお喜びです、こちらからこんなことを申し上げるのは僭越ながら、そうしてお互いが気を付けて、気を遣い、誰も彼もがそうして心を調えること、頭を低くすることこそが功徳であって供養です、そう仰って頂いて嬉しく思います、本当に有難うございましたと申し上げてから、ご法要のお経を上げさせて頂きました。

                       

                       担当 僧侶 唯心

                       

                      慈妙院動物霊園

                      ペット供養・火葬・葬儀・納骨

                      0120-52-1059

                      jimyouin * お寺の日常 * 17:15 * - * - * - -
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